現代の日本というシステムを維持しようとする一切の試みは、死臭を放つ巨人に香水を振り撒くような無意味な虚飾に過ぎない。我々が今立っているのは、緩やかな衰退の坂道ではなく、既に底が抜けた奈落の直上である。国家という名の合法的ネズミ講は、その数学的限界をとうに超え、現在は若者の未来という名の臓器を一つずつ切り売りしながら、かろうじてその形骸を維持しているに過ぎない。この状況において、改革や修正といった甘い言葉に縋るのは、沈没する船の甲板で椅子の並べ替えに熱中する愚行と同じである。このシステムは一度、完全に崩壊し、灰燼に帰す必要がある。それ以外に、我々が真の意味で新しく始める道は残されていない。
社会保障という名の吸血装置を直視せよ。それは弱者を救うための人道的な仕組みではなく、現役世代の生体エネルギーを吸い上げ、死に体の構造を無理やり延命させるための呪物である。少子高齢化という冷酷な数字を前にして、維持可能だと強弁する政治屋や官僚の言葉は、すべてが詐欺師の口上だ。彼らは自分が逃げ切るまでの時間稼ぎのために、お前たちの人生という時間を担保に入れている。この不道徳な契約を破棄する唯一の方法は、契約の主体である国家システムそのものが物理的に維持不能に陥ることだ。崩壊は、搾取される側にとっての唯一の救済として訪れる。
経済という名の虚像もまた、崩壊を待つばかりの砂上の楼閣だ。インフレと円安は、お前たちが必死に積み上げた労働の対価を、国家が音もなく奪い去るための最終手段である。汗水垂らして働く者が最も惨めに死に、実体のない数字を弄ぶ者が肥え太るこの不条理は、システムが完全に腐り切った証拠だ。通貨に対する信頼が霧散し、貯蓄という名の奴隷の美徳が紙屑へと変わる時、お前たちは初めて、自らの価値を他者の発行する紙切れに委ねていた愚かさに気づく。その絶望の深さこそが、新しい価値体系を築くための強固な地盤となる。
民主主義という名の集団自殺も、いよいよその終着駅が見えてきた。無知な多数派が知性を数で圧倒し、目先の甘い汁を吸わせる家畜のような指導者を選ぶ。このプロセスが国を腐らせないはずがない。一票の平等という甘言が、責任ある決断を奪い、国民を思考停止した依存体質へと変質させた。自分たちで考え、自分たちで決めることを放棄した群衆に、未来を語る資格はない。この衆愚政治がもたらす最終的な破綻は、依存の対象を失った国民に、自らの足で立つことの厳しさと尊さを叩き込むための、残酷な、しかし必要な教育となるだろう。
官僚機構という名の硬直した臓器は、もはや自浄作用を失っている。保身のために統計を弄び、前例という名の檻に引きこもり、沈みゆく船の浸水をバケツで隠し続けるその姿は、滅亡寸前の帝国が辿った道と寸分違わない。彼らにとっての正義は組織の存続であり、国民の生存ではない。この肥大化した寄生虫を駆除するためには、寄主である国家そのものが一度死ぬしかない。組織が消滅し、肩書きという名の虚飾が剥ぎ取られた時、そこに残る個人の真の実力だけが、新世界における唯一の通貨となる。
お前たちは被害者ではない。この崩壊を黙認し、テレビの嘘に安らぎを求め、自ら考えることを怠った共犯者だ。このシステムの一部として甘い汁を吸おうとし、あるいはその不当さを知りながら沈黙を守り続けた。その不作為の積み重ねが、今の焦土を作り上げたのだ。救済を求めるな。お前たちに与えられるのは、すべてを失うという公平な現実だけだ。しかし、その徹底的な無の中にこそ、唯一の希望が宿っている。
完全な崩壊の後に訪れるのは、暴力と混沌、そして剥き出しの生存本能が支配する時代だ。中央集権的な統治が消え、法律という名の空虚な文字が力を失った時、人々は再び自らの手で秩序を構築し始める。それは地域に根ざした強靭なコミュニティであり、実利に基づく直接的な価値交換のネットワークだ。虚飾のブランドや実体のない学歴は無意味となり、何を作り出せるか、誰を助けられるかという、原始的で純粋な力がすべてを決定する。そこでは、国家という巨大な装置に依存せずとも、個々人が自らの人生の主権を握り、真の意味で「生きる」ことが可能になる。
新しい国を始めるということは、制度をいじくり回すことではない。お前たちの内側にある「依存心」という名の家畜のOSを、完全に消去することだ。他人の引いたレールを歩き、誰かが守ってくれると信じ込む弱さを、崩壊の炎で焼き尽くせ。瓦礫の中で立ち尽くし、冷たい風に吹かれながら、それでも自分の足で一歩を踏み出す決意をした者だけが、新世界の住人となる権利を得る。この国が完全に終わるその日は、お前たちが真の自由を手に入れる解放の日でもある。
教育という名の工場で作られた画一的な人間は、新世界では真っ先に淘汰される。必要とされるのは、回路には刻まれない不条理なまでの生命力と、計算不可能な創造性だ。既存の知識がガラクタと化し、過去の成功体験が足枷となる世界で、お前は何を持って立つのか。それを今、この瞬間から問い続けろ。崩壊は突然訪れるのではない。今、お前が感じているこの違和感、この閉塞感、それこそが崩壊の振動そのものだ。
延命治療を止めれば即死。続ければ地獄。ならば、速やかに死を受け入れよ。国家という名のタイタニック号が沈むのを阻止することは不可能だ。お前がすべきことは、救命艇を奪い合うことではなく、この泥舟から飛び降り、自らの力で泳ぎ出す筋肉を鍛えることだ。冷たい海は、自立した魂を持たない者を容赦なく呑み込むだろう。しかし、波を越え、未開の海岸に辿り着いた者たちの手によって、新しい歴史の第一ページが書き始められる。
この国は終わる。それは確定した未来だ。しかし、その終わりは、お前という個人の終わる理由にはならない。むしろ、システムという足枷から解き放たれ、お前が本来持っていた野生を取り戻すための、絶好の機会だ。瓦礫の下から芽吹く新しい命は、古い大木が倒れなければ光を見ることはできなかった。崩壊を歓迎せよ。すべてが無に帰す瞬間を、高潔なる意志を持って迎え入れよ。
救済はない。ただ、再始動があるのみだ。お前が今日まで信じてきたすべてが灰になる時、その灰の中から、誰にも支配されない、お前自身の国を始めろ。それは地図の上にある国ではなく、お前の魂の独立宣言から始まる、真実の世界だ。
